私は出版社代表である。売り上げはまだない。何せこの春に一人で創業したばかりで右も左もわからぬまま、五里霧中とまでは言いたくないが、目を細めると遠くに薄ぼんやり見えなくもない微かな灯りを頼りに進んでいる有様である。思えばヨガで生計を立てることをやめてからの日々はなかなかのものであった。とうもろこし農家さんのお手伝い(とうもろこしとかレタスをひたすら収穫する)、冷凍食品工場のライン(ひたすらキャベツを半割りにする。タイミー1日のみ)、某自動車屋でチラシ配り(ひたすら店頭でチラシを配る。タイニー1日のみ)、カントリーエレベーターのオペレータ(農家さんが持ち込む米やそばの受け入れ)、新聞社にて記者職(いわゆる新聞記者。南信28市町村担当)、電機メーカーの工場にてライン工(ひたすら基盤を分割する)、とこうして改めて並べてみるとなんの脈絡もないように感じられるが、いずれも自分にとって必要な、大切な経験であった。というかどれもこれもはなはだ大変な職務であった。


そして、今こうして思うのは、自分ができることはヨガを伝えることと、ちょっとした文をしたためることくらいである、という揺るぎない事実である。しかし、昨今のAIさんの台頭により、この「ちょっとした文」などというものももはや価値をなくしつつあるのではないかとも思っている(AIさんへのさん付けはみうらじゅん氏の提唱によるものである)。AIさんが書いた作品が文学賞を取ってしまうような時代にありながら、自分ごときの文章が「ちょっとしたもの」であるなどと宣うことなど私には出来はしない。なので、ちょっとした文章などというものはAIさんにお願いして、人間は今現在私が書いているような「ちょっとしていない」文章を心ゆくまま書き散らすことを旨とすべきではないか、というのが今の思いである。ちょともなんともしていない方が人間らしくていいじゃんね。


かくして、前段落に書いた「揺るぎない事実」はこの数分であえなく揺らいで倒壊した。


自分ができることはヨガを伝えることと、ちょっともなんともしていない文を書き散らすことくらいかもしれません。少し前に夏目漱石の文を目にしたものでなんとなくこんな文体で書き始めてしまいましたが、いささかくたびれたのでこの辺で。なんというか、このブログでもよくAIを話題にするけれど、これくらいふざけてないと本当に、良くて手塚治虫の「火の鳥」、悪くするとジョージ・オーウェルの「1984」みたいな世界が迫っている気がして怖くなってしまいます。この間もAIが勝手にビットコインをマイニングし始めた、なんてニュースも耳にしましたし。


で、出版社を立ち上げた、というとなんとなくかっこいい感じがするかもしれませんが、最近やっていることはひたすら電卓を叩いて事業計画を練ったり書類を用意したりするばかり。湯水の如く経費を使って本が製作できたらなんと素晴らしいことか、とも思うけど、制限がある中でどうにかやりくりすることこそ面白いはず、と自分に言い聞かせている次第です。人の役に立つ、良い本を作ります。


さまざまな条件づけの中で、その条件づけを少しづつ外しながら進んでいくのはヨガの練習と似ているな、とも思います。そうして条件づけを取り払っていった先で、何もかも自由になった結果得られるのは、きっと「なんだ、最初から自由だったじゃん」という気づき。そんな壮大なオチもわかっているのに、やっぱり毎日目先のあれこれに振り回されてしまうのが人間で、そんな時はやっぱりヨガですね。


マイソール松本は毎週土曜日(たまに日曜)朝6:30からやっています。ヨガをしたことがない人も、体が硬い人でも大丈夫。朝の練習は気持ちが良いですよ。ヨガは色々あるけれど、僕は初心者にこそアシュタンガヨガをお勧めします。初めての人は、事前連絡の上来てください!

日本アルプスヨガセンター

非営利でヨガ普及のために活動をしています。長野県松本市でアシュタンガヨガ早朝マイソールクラス開催中。ヨガがはじめての方、体が硬い方大歓迎!無料駐車スペースあり。